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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(あ)499号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人森田和彦、同小栗孝夫連名の上告趣意第一点及び弁護人小栗孝夫の上告趣意第一点について

所論は、行進又は集団示威運動に関する条例(昭和二四年七月二日愛知県条例第三〇号、以下「本条例」という。)は、集団行動を一般的に禁止し、公安委員会をして許可させる場合に具体性のない不明確な基準のもとに広範な事項について条件を付することを可能ならしめており、違法、不当な条件付与に対する救済手段を定めず、全体として憲法二一条に違反すると主張するが、本条例が憲法二一条に違反するものでないことは、最高裁昭和二六年(あ)第三一八八号同二九年一月二四日大法廷判決・刑集八巻一一号一八六六頁、同昭和二八年(あ)第四八四一号同三五年七月二〇日大法廷判決・刑集一四巻九号一一九七頁、同昭和四〇年(あ)第一一八七号同四四年一二月二四日大法廷判決・刑集二三巻一二号一六二五頁の各趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がない。

なお、原判決は、本条例四条三項は、「第一条の許可に際し公安委員会は、公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要と認める場合には、前条に掲げる事項について必要な条件を附することができる。」と規定しているが、右条項は「公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要と認める場合」であれば、直ちに集団行動に対して、本条例三条に定められた対象事項につき必要な条件を付することを許容する趣旨ではなく、集団行動自体の許否を決する場合と同様に、もし、なんらの条件をも付することなく集団行動を許すとすれば、それが直接公共の安寧を危険ならしめるような事態を惹起することが明瞭であると認められる場合に限り、公共の安寧を保持するうえに必要かつ最少限度の条件を付しうるという趣旨にいでたものであると理解すべきであるとし、被告人の参加した本件集団行動につき、愛知県公安委員会は、(一)行進の隊列は四列以下の縦隊とすること、(二)行進の隊列は、おおむね二〇〇人をもつて一隊とし、各隊の距離は約三〇メートルとすること、(三)うず巻行進、だ行進及びことさらに隊列の巾を広げ、若しくは遅足行進、停滞その他一般の交通に障害を及ぼすような形態にならないこと、(四)行進中においては、旗竿を振り廻し、又は横に倒すなど、人に危害を及ぼすような形態にならないこと、という四条件を付しているが、これらの条件はその文言どおり形式的に理解されるべきではなく、これらの条件にはいずれも「公共の安寧に対して直接危険を及ぼすような」という趣旨の実質的制限が伴っていると解すべきであるとしている。

しかし、本条例四条三項に基づく公安委員会の条件付与は、集団行動による思想の表現それ自体を禁止しようとするものではなく、集団行動が秩序正しく平穏に行われて不必要に地方公共の安寧と秩序を脅かすことのないように付されるものであり、集団行動を行う者に対してこのような行動にわたらないことを要求しても、思想表現行為としての集団行動の本質的な意義と価値を失わしめ憲法上保障されている表現の自由を不当に制限することにならないのである(最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決参照)から、その条件が集団行動による思想の表現それ自体を事実上制約する結果となる場合でない限り、本条例四条三項の要件に集団行動を不許可にする場合の要件を加えて解釈する必要はないのである。そして被告人の参加した本件集団行動につき付された前記(一)ないし(四)の各条件は、いずれも、集団行動による思想の表現それ自体を事実上制約する結果をもたらすものとは認められないから、これらの条件につき「公共の安全に対して直接危険を及ぼすような」という実質的制限が伴つていると解する必要もないのである。そうすると、以上の点に関する原判決の判断は、本条例四条三項の解釈を誤つたものというべきであるが、原判決は、被告人の本件行為は、右のような実質的制限を伴つた条件に違反したものと認められるとして、被告人に対する有罪判決を維持しているのであるから、原判決の右法令解釈の誤りは、結局、判決に影響を及ぼさない。

弁護人森田和彦、同小栗孝夫連名の上告趣意第二点及び弁護人小栗孝夫の上告趣意第二点について

所論は、本条例五条一項後段が、集団行動の主催者たる個人又は団体の代表者以外の者、とくに条件違反の集団行動を指揮、せん動した者ばかりでなく、単なる参加者をも含めて処罰するものとすれば、それは表現の自由に対する規制として必要やむをえない限度を超えるものであって、憲法二一条に違反すると主張する。

しかし、被告人は、本件集団行動につき、愛知県公安委員会が付した「うず巻行進、だ行進その他一般の交通に障害を及ぼすような形態にならないこと」との条件に違反して、約一一〇名の者とともに、うず巻行進及びだ行進をしたものであるところ、思想表現行為としての集団行動は、表現の一態様として憲法上保障されるべき要素を有するものであるが、うず巻行進やだ行進は、このような思想の表現のために不可欠のものではなく、これを禁止しても、憲法上保障される表現の自由を不当に制限することにならないものであることは、最高裁昭和四八年(あ)第九一〇号同五〇年九月一〇日大法廷判決の明らかにするところである。そうすると、このような条件に違反した者のうち、どの範囲の者を処罰するかは立法政策の問題であり、単なる参加者を処罰しても、憲法二一条に違反するものでないことは明らかである。所論は理由がない。

弁護人森田和彦、同小栗孝夫連名の上告趣意第三点のうち、本条例五条一項後段が憲法三一条に違反すると主張する点及び弁護人小栗孝夫の上告趣意第三点について

所論は、本条例五条一項後段は、(一)いわゆる白地刑罰法規であって罰則を設けることを委任したものであり、(二)法が許容していないのに犯罪の構成要件を定める権限を公安委員会に与えていること、(三)しかも具体性を欠き不明確な基準のもとに、またその事項を個別的に限定しないで権限を与えていること、(四)公安委員会により本条例一条の許可処分に際し必要に応じそのつど付される条件が犯罪の構成要件とされること、(五)公安委員会がさらにその権限を委譲する余地を残していることは、罪刑法定主義の原則に違反し、憲法三一条に違反すると主張する。

しかし、本条例四条三項は、「公安委員会は、公共の安全又は公衆の権利を保護するために必要と認める場合には、前条に掲げる事項について必要な条件を附することができる。」と定めており、これに基づいて具体化された条件に違反する行為が処罰の対象となるのであって、罰則を定める権限を公安委員会に再委任したものではなく、また、条件を付しうる事項が限定されていないとか、条件付与の基準が不明確であるとはいえない。このように、集団行動の許可に際し、限定された事項につき明確な基準のもとに条件を付する権限を行政機関に与え、その条件に違反した集団行動を行つた者を処罰する規定を設けても、地方自治法一四条一項、五項の委任の趣旨に反するものとは認められない。そうすると、本条例五条一項後段の規定につき、犯罪の構成要件が規定されていないとか、不明確であるということはできず、所論違憲の主張はその前提を欠くことになり、適法な上告理由にあたらない。

弁護人森田和彦、同小栗孝夫連名の上告趣意第三点のうち、本条例八条の即時強制の規定が憲法二一条に違反すると主張する点について

所論は、違憲(憲法二一条違反)をいうが、原審でなんら主張、判断を経ていない事項に関する違憲の主張であって、適法な上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

弁護人森田和彦、同小栗孝夫の上告趣意〈省略〉

弁護人小栗孝夫の上告趣意〈省略〉

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